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旭川地方裁判所 昭和39年(ヨ)141号 判決

債権者 中川保一

債務者 有限会社第一ビニール 外一名

主文

1、債権者が債務者ら共同のため金三〇万円の保証を供託することを条件として、債務者らに対しつぎの処分を命ずる。

債務者株式会社山崎組の別紙目録中(二)の建物部分に対する占有を解き、債権者の委任する旭川地方裁判所執行吏に保管を命ずる。執行吏は、現状を変更しないことを条件として債務者株式会社山崎組に使用を許さなければならない。この場合において、執行吏はその保管にかかることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者らは、この占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。

債務者らは右建物部分について建築工事を続行してはならない。

2、訴訟費用は債務者らの連帯負担とする。

事実

第一、双方の申立

債権者訴訟代理人は、「債務者株式会社山崎組の別紙目録中(二)の建物部分(以下本件建物部分という)に対する占有を解き、債権者の委任する執行吏に保管を命ずる。執行吏はその趣旨を公示するため適当な方法をとらなければならない。債務者らは、本件建物部分について建築工事を続行してはならない。」との判決を求め、債務者ら訴訟代理人は、「債権者の本件仮処分申請を却下する。」との判決を求めた。

第二、双方の主張

(債権者の「申請の理由」)

(一)、債務者有限会社第一ビニールの所有する旭川市四条通七丁目五八六番地の三宅地六六坪(以下甲地という)は、別紙図面のとおり旭川市三条、四条七丁目の仲通りに面し、通称平和通りから西へ一八間入つた場所に位置し、債権者の所有する旭川市四条通七丁目一二六〇番地宅地一六〇坪(以下乙地という)の西側に隣接した土地である。

(二)、債務者有限会社第一ビニールは、甲地上に別紙目録中(一)の建物を新築するため、債務者株式会社山崎組にこれを請負わせ、同債務者は昭和三九年五月二〇日すぎその建築工事に着手し、右建物を占有している。

しかし、右建物の地下部分の東側外壁は、甲地と乙地との境界線(別紙図面イ-ロの直線)であり、地上部分の東側外壁は、右境界線から一〇センチメートル西側に平行に寄つた線(同図面ホ-ヘの直線)となつており、現に地下工事は終了し、地上建築工事の続行中である。

(三)、したがつて、債権者は、債務者らに対し民法二三四条二項にもとづき、本件建物部分の廃止(除却)請求権を有する。

(四)、債権者は債務者らに対し、右請求の訴を準備中である。しかし、いま債務者らの建築工事の続行を禁止しておかないと、建築工事が完了し、債権者は廃止(除却)請求権を失い、本案訴訟で勝訴判決を得ても、その執行は不能となる。したがつて、債務者らの建築工事を禁止しておく必要がある。

よつて、前記申立てのとおりの仮処分判決を求める。

(債務者らの答弁)

(五)、債権者の主張(一)、(二)はすべて認める。同(四)は争う。

建築工事は、地上三階までのコンクリート打上工事が終り、四階にとりかかつている段階であり、昭和三九年一〇月三〇日全工事完成の予定である。

(六)、甲地は、準防火地域であるから、民法二三四条の特別法である建築基準法六五条によつて、鉄筋コンクリート造りの耐火構造である外壁を有する別紙目録中(一)の建物は、甲地上に乙地との境界線(別紙図面イ-ロ線)に接して建築することが許されているのである。

(七)、さらに、甲地附近の地域には、民法二三四条の規定と異なり隣地境界線から五〇センチメートル離さずに建築してもよいとの慣習がある。

したがつて、乙地との境界線から五〇センチメートルの距離を置かなければならない理由はない。

(右(六)(七)に対する債権者の答弁)

(八)、債務者らの主張(六)のうち、甲地が準防火地域であり、別紙目録中(一)の建物が鉄筋コンクリート造りの耐火構造である外壁を有することは認めるが、その余は争う。建築基準法六五条は、もつぱら火災予防または防火活動の観点から設けられた規定であり、民法二三四条の特別法としてその適用を排除する性質を有する規定ではない。

債務者らの主張(七)は否認する。

第三、双方の疎明関係〈省略〉

理由

一、債権者の主張(一)、(二)は、すべて当事者間に争いがない。

二、まず、債務者らの主張(六)(建築基準法六五条が民法二三四条の特別法であるとの主張)について判断する。

民法二三四条の法意は、相隣接する土地が境界線に接近して建築された建物によつて、土地の利用に採光、通風その他いろいろの障害を受け、土地の利用がかえつて充分にできなくなるため、相隣接する土地所有権の内容に制限を加え、私人間の権利関係を調整した規定であるこというまでもない。

これに対し、建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備、用途について公益の観点から最低基準を設け(法一条)公法上の立場から規制した(法六条、九条参照)法律であつて、私人間の権利関係を規律することを目的とした法律ではない。このような同法の性格、同法六五条の規定の位置および同条を含む第五節(防火地域)の他の規定内容を合せ検討すると、同法六五条の法意は、同節における他の規定とあいまつて、防火(または準防火)地域における建築について、同じく公益の観点からその最低基準を設け、公法上の立場から規制を加えた規定と解するのが相当である。このように解するとき、六五条の規定内容は、つぎのとおり解すべきである。すなわち、同法六一条、六二条によると、防火(または準防火)地域における建築物には、その面積、構造などによつて、(イ)耐火建築物、(ロ)簡易耐火建築物、(ハ)木造建築物の三種がある。(イ)の外壁は当然に耐火構造であるが、(ロ)の外壁は必ずしも耐火構造ではなく(法二条九号の三ロ)、(ハ)の外壁は防火構造にすぎない(法六二条二項、二条八号)。しかし、防火(または準防火)地域において建築物の外壁を隣地境界線に接して設けることができるのは、同法六一条、六二条の規定にもかかわらず、外壁が耐火構造のものに限る旨の基準を防火という観点から示した公法上の規定が、同法六五条の規定内容であると解すべきである。相隣接する土地所有者に対する関係で、境界線に接して建築する私法上の権利があるかどうかは、もつぱら民法の規定の解釈によつて決すべきであり、この点建築基準法六五条は関係がないといわなければならない。

これに反し、「同法六五条は、民法二三四条の特別法であつて、その適用を排除する。」との趣旨を記載した乙第一号証および乙第二号証および証人坂井英治の証言中の当該部分の意見は、いずれも採用することができない。

したがつて、債務者らの主張(六)は、理由がない。

三、つぎに、債務者らの主張(七)(甲地附近には、民法二三四条と異なる慣習があるとの主張)について判断する。

甲地が、別紙図面のとおり、旭川市三条、四条七丁目の仲通りに面し、通称平和通りから西へ一八間入つた地点に位置することは、前記のとおり当事者間に争いがない。

乙第三号証(債務者ら主張のとおりの写真集であることは争いがない)、甲第一号証(債権者主張のとおりの写真集であることが債権者本人の供述によつて認められる)、証人坂井英治の証言、債権者本人の供述を合せ考えると、つぎのとおり一応認められる。

旭川市三条、四条七丁目仲通りの本件建物附近は、料亭、バー、寿司屋など飲食料理店の多い街である。右仲通りに面した本件建物附近で、隣地境界から五〇センチメートルの距離をおかないで建物の建てられている事例もある。しかし、逆に、債権者所有の乙地上の建物(「いろは本店」)の西側のように、境界から五〇センチメートル以上の距離をおいて建物の建てられている事例も見受けられる。多くの場合、相隣接する建物間の距離が接地面における外壁を基準として数十センチメートルから約一メートル三〇センチメートル(屋根の庇を基準にすると、もつと狭くなる)までいろいろである。

以上のとおり一応認められ、証人玉田肇の証言のうち右認定に反する部分は信用することができない。

五〇センチメートルの距離をおいてない場合でも、隣地当事者間に合意があつた場合も考えられるところである。また、この附近の防火地域近辺に違反建築が多くあることは、証人玉田肇の証言によつてもうかがわれるのであるから、民法二三四条違反建築の事例もあることは一応うかがわれるところであり、このような場合にも、隣地所有者は紛争をきらい異議を述べないまま過ぎる場合のあることは社会一般によくあることである。したがつて、右の認定事実から、直ちに債務者ら主張の慣習を推認することはできない。そして、全疎明によるも、右にあげた各場合と異なり、前記認定の、五〇センチメートルの距離をおかない建築が慣習にもとづき当然の権利としてなされたことを認めることはできない。

したがつて、債務者ら主張の慣習は認められない。

四、してみると、債権者は、隣地所有者として、建物を建築している債務者らに対し、民法二三四条にもとづいて、本件建物部分の廃止(除却)請求権を有するものというべきである。

五、さらに進んで、仮処分の必要性について判断する。

民法二三四条にもとづく建築廃止(除却)請求権は、同条二項に定める期間内に請求したとき、その請求が訴によると否とを問わず、保全されると解すべきであり、その後に建築が完成しても、これによつて右請求権は消滅しないし、権利者の勝訴判決の執行が不能となることもない。

しかし、建築が完成すると、違反建築部分の廃止(除却)請求権の執行は、執行費用、執行日数などの点で一層困難になることは当然の帰結であり、かつ完成建物に第三者が入居するに至れば、その者に対する債務名義をもあわせ取得しなければならないから、右請求権の執行は、いちぢるしく困難になるといわなければならない。

したがつて、債権者は、債務者らに対し建築工事続行禁止の仮処分を求める必要性がある。

ところで、債権者は、債務者株式会社山崎組の占有を解いて執行吏の保管を命ずる旨の措置をも求めている。

執行吏保管の形式は、右の建築工事続行禁止の不作為命令の実効を確保するため適切な措置であるが、同債務者の使用を全面的に禁止するまでの必要性は存在しない。現状を変更しないことを条件として同債務者に使用を許すのが適当である。

六、以上の次第で、債権者の債務者らに対する本件仮処分申請は、理由があるから、債務者ら共同のため金三〇万円の保証を供託することを条件として、認容する。

よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条一項但書にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判官 猪瀬慎一郎)

別紙

目録

(一)、旭川市四条通七丁目五八六番地の三所在

鉄筋コンクリートブロツク造アスフアルト防水モルタル仕上店舗一棟(建築中)

建坪 一八六・九七平方メートル、二階坪、三階坪、四階坪、五階坪いずれも二〇七・一六平方メートル、地下一階坪

二〇八・九三平方メートル

(二)、右建物のうち、地下部分につき別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を直線で結んだ範囲の部分(同図面青斜線部分)および地上部分につき同図面ホ、ヘ、ハ、ニ、ホの各点を直線で結んだ範囲の部分(同図面赤斜線部分)

図面〈省略〉

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